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大学・研究機関イベント情報

京都人類学研究会7月季節例会

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みなさま

京都人類学研究会7月季節例会の開催について、下記のとおりご案内申し上げます。なお、本会はシンポジウム形式での開催となります。どうぞふるってご参集ください。

(以下敬称略)

 

シンポジウム『共同体を記憶するーユダヤ/「ジプシー」の文化構築と記憶の媒体ー』

本シンポジウムの目的は、ユダヤと「ジプシー」というふたつの共同体に属する人々の記憶の諸実践を事例として、他者のまなざしを取り込みながら自らの集団的な枠組みをつくり出してきた人々の記憶のあり方について考察することである。ユダヤ人と「ジプシー」はいずれもナチスによる虐殺というトラウマ的な記憶を抱える共同体でありながら、前者は文字文化、後者は非文字文化が強調され、それが国家建設を含む集団形成や集団的な想起のあり方の違いとして受けとめられがちであった。しかし、身体化され語られない記憶、限られた身内のみに共有される記憶、マイノリティの権利や承認を求めて物語化される記憶、ものの陳列や収集によって主体化を免れる記憶、など異なる種類の記憶の形式がどちらの集団にも存在している。本シンポジウムでは、これらの異なる種類の記憶の形式が、異なる地域(フランス、ルーマニア、アメリカ合衆国、アルゼンチン)のユダヤ人と「ジプシー」の間で、どのような媒体を通して何を契機に発現し、共同体像を形成しているのか、具体的な事例を通して検討する。流動性が高い環境にある人々が、他者と共有困難な経験を、他者と分有可能なネットワークの中に位置づける試みとして記憶の諸実践をとらえ、それを促す記憶の媒体について考察を深めてみたい。

 

【日 時】
2017年7月22日(土)13:30開演(13:00開場)

 

【会 場】
京都大学・吉田キャンパス

人文科学研究所4階 大会議室
地図詳細:構内キャンパス38番
(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/downlodemap/documents/2015/main_j.pdf)

 

【プログラム】

1. 趣旨説明 13:30-13:40
岩谷 彩子(京都大学 准教授)

2. 研究発表 13:40-15:55(途中10分間の休憩あり)
左地 亮子(国立民族学博物館 機関研究員)
岩谷 彩子(京都大学 准教授)
黒田 晴之(松山大学 教授)
宇田川 彩(京都大学 PD)

3. コメント 16:00-16:10
岡 真理(京都大学 教授)

4. ディスカッション 16:10-16:40

 

【発表者・タイトル・要旨①】

左地 亮子

物語化に抗する沈黙とアーカイブ―フランスのジプシー共同体における二種の記憶行為をめぐって

フランスのジプシー・マヌーシュは、死者について沈黙し、それを敬意の振る舞いだと説明する。そこでは、死者の個人的な記憶を集団的領域に開示し、生者(他者)が表象=代理するという記憶の伝承法は、誤りや歪曲の可能性を含むがゆえに回避すべきこととされる。その一方、近年のフランスでは、第二次世界大戦期の隔離収容政策をめぐって、ジプシー活動家によるコメモレーション運動が活発化している。収容者に関する記録を公表し、収容所跡地に記念碑を建て、追悼式典を開催するこの運動は、一見すると、マヌーシュの沈黙と対立する。しかし、本報告では、コメモレーション運動のなかで用いられるアーカイブという記憶媒体に着目することで、表象をめぐる非文字/文字の静態的な対立をかわすように、二種の記憶行為が繋がりあうさまを示す。非ジプシーにより作成収集、再発見された諸個人のアーカイブをウェブサイト上に開示して活動家がたちあげる「記憶の場」に現れるのは、「ジプシーの歴史」という全体的な物語ではなく、むしろそれへと転化することを拒む個別特異な生の痕跡である。この点において、マヌーシュの沈黙、活動家のアーカイブ開示という二種の記憶行為がともに、集団の物語に回収されない個人の生/記憶をめぐる分有の体験を触発することが明らかになる。

 

【発表者・タイトル・要旨②】

岩谷 彩子

 

饒舌さと沈黙のはざまで―ルーマニアのロマの音楽と家屋にみられる共同体の記憶

本報告では、「個人の過去を集合的に想起するために用いられる土地や物品をもたない」「過去や歴史に対する関心が薄い」とされてきた「ジプシー」/ロマの記憶の実践として、ルーマニアのロマの音楽と住居に着目する。ルーマニアのロマは、
1990年代に「ジプシー音楽」ブームの火付け役になったが、ルーマニア国内でロマたちが日常的に実践し消費するマネレ(manele
)という大衆音楽はロマの生活領域にとどめられてきた。過大な上昇志向や自己顕示が表現されるマネレ同様、ルーマニアには独特な装飾を施した宮殿のようなロマの家屋が立ち並ぶ一角がある。家屋内外にかつての移動生活を想起させるもの(絵画、馬車の車輪)が置かれ、非ロマとの葛藤の歴史を抱えた人々が居住するその家屋は、マネレのように個々の要素の蓄積と流用からなる建築となっている。本報告では、個を突出させる表象と個を全体に回収する表象とが、異なる記憶の媒体によって同時に実現し、複数に開かれた共同体を産出している動態について考察する。

 

【発表者・タイトル・要旨③】

黒田 晴之

 

クレズマー・リヴァイヴァル再考

1940年にアメリカ国内で母語を基準に調査された“ethnic group”のうち、イディッシュ語の母語話者は175万を数えて第4
位にランキングされているが、このグループの20世紀第2四半世紀におけるレコーディング数は、かろうじて10位前後を占めていたにすぎなかった。ただし1980
年代から現在にまで続くワールド・ミュージックのジャンルのなかで、東欧ユダヤの音楽「クレズマー」(Klezmer)は比較的勢いが衰えていない。

本報告では「ユダヤ音楽」をめぐって活動した人物をスケッチしたのち、1980年代以降にリヴァイヴァルが生じた経緯を集中的に検討する。具体的には 1)
ナショナリズムに刺激されたフィールドワーク(ロシア)、2) シオニズム等の立場から進められたユダヤ音楽(学)確立の努力(パレスチナ、ヨーロッパ)、3)
民間の機関によって始められたアーカイブ化(アメリカ)を紹介する。
こうした過程はなにをもってユダヤ音楽とするのか、という規範をめぐる言説の攻防と変転の歴史でもあった。たとえばホロコーストの音楽をめぐる見方も、修正が迫られつつある状況にあるし、集団的な記憶と個人の表現とのあいだで、ミュージシャンが葛藤を覚えるような場面も生じている。だがそれでもユダヤ音楽が活況を呈しているのはなぜか、この音楽をリヴァイヴァルさせた「エージェント」を考察する。

 

【発表者・タイトル・要旨④】

宇田川 彩

 

本報告では、二つの視角からアーカイブについて考察する。一つは公的なアーカイブであり、アルゼンチンを事例とし東欧系ユダヤ人のアーカイブについて論じる。近代以降のユダヤ人コミュニティには、歴史・文化・民俗的な自己知識を収集する義務ともいえる営みが続いていた。ここでは
1990
年代の爆破テロによって破壊し尽くされたかに見えたアーカイブをめぐる、若者たちの「救出活動」に焦点を当てる。他方、家庭に保管されより私的なレベルで参照される家族写真やパスポート、出生証明書等の書類についても、本発表では「私的アーカイブ」と呼び同様に論じていく。家庭では家族写真を手に取ることで亡くなった親族に思いが馳せられる。「救出活動」においては若者たちが書物についた焦げ目を通し、喪失した過去を想像する。アーカイブとは、今はここにないという不在に触発され、いつかどこかにあったはずの真実を探求する試みである。しかしながら、何らかの契機によって探求が起動しない限り、アーカイブは忘却されたままただ在り続けるという側面についても考察する。

 

【備 考】
*京都人類学研究会は京都を中心とする関西の人類学および関連分野に関心をもつ研究者・大学院生がその研究成果を報告する場です。
*事前の参加予約は必要ありません。どなたでも自由に参加いただけます。
*当日は資料代として200円いただきます。
*講演会後に懇親会を予定しております。

 

【問い合わせ先】
京都人類学研究会事務局:kyojinken2017[at]gmail.com
京都人類学研究会2017年度運営委員
* 代表:石井 美保

学生幹事:江端希之、大竹碧、賀川恵理香、加藤千里、木戸みなみ、久保田和之、小林大輝、柴谷朱音、清水加奈子、竹田響、張詩画、土谷輪、鶴田星子、濱野ちひろ、平山草太、星野佐和、本望菜穂子、松村凜、水上優、三津島一樹、本山可南子、師田史子

 

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